つい先日、「自己決定感」について(ばかり)述べました。
これから述べる事は「自己決定感」にも関わる事です。
自信を持てる様になるには、
「自己決定感」
「自己有能感」
これらが必要と過去に書きました。
自分で決めた事がうまくできたら自信が積み上がる、
モチベーションが上がる、
という感じです。
ただ、モデルたちと話していて思うのは、
もっと習慣づいている事に起因している事です。
分離体験型の口ぐせ
どういう事かと言うと、
会話の上であったり、何か質問した時の返答が
「~してるんだと思います」
とか、
「~じゃないかと思います」
「~やりたいと思います」
といった様に、何か他人事で話している感覚の事です。
私も良くやります💦
気が付いたら訂正しますが、気が付かない事も多々あります。
自分の事なのに客観的に捉えているというか…
モデルの世代の人らだけでなく、大人でも普通にある事です。
何が問題かというと、、、
世間話しや楽しむ為の雑談なら良いのですが、
他人事な感覚なので、「自分で決めた感」にはつながりにくく、意思決定には向かないという事です。
「~になったらいいなーと思います」
は希望的観測で意思決定には弱いです。
「テニスがうまくなったらいいなーと思います」は、
休日にユーチューブで「テニスの王子様」とか「エースをねらえ!」を見て感想述べて完結なのか!
(テニスの練習しないの?)
で、本気ワードにはつながらない訳です。
「結婚出来たらいいなー」という言葉を発している人は、そんなに結婚したい訳ではないんだなーと自分に擦り込んでいるイメージです
伝わりますでしょうか💦
また、ルフィーが
「あの、できたらー、海賊王になれたらいいな。て思ってるんやけどー、いけるやろか、ムリ??どう思う??」
ってな感じで言ってたら、
「ビックマム来たら一目散に逃げるやろうなー」
って思いません??
言い切る、成りきる
逆に、
「わたしは~やる」
「~になる」
と言い切ったら、
何よ、あの子!
「あの見た目で?」とか、
「あの成績で?」とか、
「実績ないやん」とか、
「友達おらんやん」とか、
「金ないやん」
みたいな感じで、他人から無責任な誹謗中傷にさらされてしまい、人目を気にしてこそっとやる様になり、だんだんとフェードアウトしていくという事を見かけます
断言すると、気持ち的に責任も伴うし、
やると言ってしなければ口だけだとか、出来なかったらカッコ悪いとか周りの目も気になるし、
「やっぱり出来るはずないと思ってた」と自分に言い訳したり、自信も喪失するしで、「おっくう」になる要素は多いです。
実は、真っ先に反対するのは身内とか、近しい友人の方が多かったりします。
「あんた、モデルなんてやめとき!さらわれるで!!」
(実際2人からそう反対されたと聞きました💦)
「ゼミどうすんの、時間的にムリやって!」
家族や近しい友人は悪びれず本気(表面上)で心配しているのでやっかいです。
「ウクライナに支援に行く!」
と言ったら、本気の心配もあるけど、家族の1人がそういう行動をしたら、その人だけの問題ではなく、家族が金銭的な支援をする必要性が出て来たり、家にマスコミが来たりと家族にも影響あることが無意識に全力で反対させる、みたいです
かくいう私も、たくさん批判は浴びています。
直接意見として言って下さるカメラマンさんの発言は自分に対するフィードバックと受け止めてます。
ツイッターで言われている独り言は、独り言だから見てしまっても忘れる様にしています。
5ちゃんねる?みたいな匿名の掲示板は一切見ないです。
もしかしたら、参考になる意見があるのかもしれないですが、勝手発言の方が多いので私には不要です。
そうは言っても、人の評判は気になるし、”成果は人に認められる為”みたいに行動のズレが生じるものだと思います。
というか、生じていました💦
しかもつい最近まで。
自分にはそういう要素はそんなないと思っていましたが、自分の行いを深掘っていったら、私も人の評価を気にしている事がいっぱい出てきました。
そんな事を気にするなといって、気にしなくなるのは難しいですが、
人目を気にするあまり、行動を制限したり、行動の基準が「人にこう思われるから」という生き方はつまらないのでやめましょう!!!
(という私の主観)